| ■北海道から坪内純さんが来訪 |
2007年11月5日(土)、北海道のファーブルの森の専門員、坪内純さんが山口県各地の森を歩き、診断された際、21世紀の森も診断していただきました。その際の様子をお伝えします。坪内さんは、山口県21世紀の森の「環境評価書」を作成してくださることになりました。チョウの専門家として環境アセスメント業務などに従事した後、1992年に栗山町の要請を請け職員となりました。オオムラサキの新亜種発見のほか、人工飼育したオオムラサキの自然交配を日本で初めて確認するなど、業績を多数お持ちです。
「下草刈りした後管理してると、それ(カンアオイというギフチョウの食草)を食べてるギフチョウが継続的に住んでいけるんですよ。里山の象徴なんですよ。日本にしかいないちょうちょなんですけど。ここが、この山系が日本にしかいない最西端、分布の限界地点なんですよ。それがなんと1970年代と80年代を最後に、確認、記録されていません。それを探し出したら、とてつもない大記録とこの森を保存する価値が、最大限の価値があるのかなと。環境省からもこれは絶滅危惧種、もしくは絶滅種として指定されています。ちょうちょ自身も春、4月に一度しかちょうちょにならない種類で、春の女神と言われているんですよ。そういった意味合いでね、テレビとか新聞でね何百回も毎年出ます。一般の人も含めて、愛好家も含めて憧れの種ですね。ところで、なぜいなくなったのかと言うと、原因は定かじゃないんですけど、里山の崩壊と言う問題じゃなくて、広島だけ今わずかに残ってますね。岡山はいなくなってるんですよ。今は山口では柳井市の一角だけが可能性としてあるだけ。僕らみたいな虫バカが来ることすらしたがらない。何度か行った人も2、3泊して採れない、確認できないと言うことがずーっと続きすぎるとね、あきらめモードになるんですよ。
それでこの度それがどの程度あるのか。食草があれば、これが増えれば、昆虫の場合、100くらい卵産んで環境を整えれば、これは自ずと増えてきますよ。それは全然問題なく。採集したからって減る問題じゃなくてね。例えば、例を挙げたら、100卵産んで、4%親がいるんです。1オス1メスですから、1オス1メスが卵産みます。人間に採られるか、くもの巣に引っかかるかの問題です。後は鳥に食べられるかの問題です。事故死か。実はこれ、5%になったら倍なんです。6%になったらもっと倍です。6%になったら、気持ち悪いくらいいます。2倍か3倍かになってますから。
そうなったら逆に新聞とテレビで、大発生だ!気持ち悪いぞ!って大騒ぎします。ところが、そういった虫たちや鳥たちがいますから、ちゃんと制御します。本当スズメバチもちゃんと制御しますから。」この後、坪内さんは分析用のサンプルとしてカンアオイを1枚持ち帰られました。坪内さんは、現在、環境評価書をしたためていらっしゃいます。環境評価書には、森の活用方法・今後の森の成長度合い・人と自然の共生・水の浄化作用・教育の森・農業と森の一体化など様々な切り口からの評価が書かれ、今後の森づくりの指標となります。 |
| ■21世紀の森にツリーハウス誕生! |
ツリーハウスとは、木の上に作られた木製の小屋のことです。簡素ながらも自然に溶け込んだツリーハウスはロマンにあふれています。マンガやテレビで目にして憧れを抱いた人もいるのではないでしょうか。実は、21世紀の森にもツリーハウスが出来たのです!場所はトリムコースのコース上の木の上にあり、山の散策に疲れたときに小休止をしたり、ゆっくり昼寝をしたりするのにも最適です。
このツリーハウス、いつ、どうやって作られたのかと言いますと、活動報告でも紹介されている、7月のきこり養成講座の一環として作られたのです!材料の木材は周辺の森を整備した際の除伐材を使用しており、とても環境に優しい上、森林の整備作業にも役立ちます。また、自然の木を使用しているので、加工された木材にはない味わいがあります。ちなみに、このとき完成したのは、土台とはしごの部分のみでしたが、それでも雰囲気は十分で、翌週の講座では土台の上で昼寝をする参加者の姿も見られました。
そして、ツリーハウスは、10月末のイベントで屋根、手すり等が作られて完成に至りました。前回のイベントに引き続き、多くの方のご参加をいただき、和気あいあいと楽しい雰囲気の中での作業となりました。また、この様子は翌日の読売新聞でも取り上げられ(下の写真です!)、21世紀の森の新名物として華々しいスタートを切りました。そして、現在もトリムコース途中の木の上に置かれ、多くの方々に親しまれています。21世紀の森を訪れた際には、自然のロマンあふれるツリーハウスをぜひご覧ください! |
| ■誰でも上質の炭ができる!移動式炭窯で竹炭作り |
●初めての人が用意するもの● ・汚れても良い服装・軍手 ・帽子(髪が焦げるかもしれないので) あとはお昼ご飯だったり、ヤカンとコーヒーだったり、 絵筆だったり・・・森でリラックスできるものを・・・ ●一日目● 【工程1】早速竹やぶに入り竹を切り倒しにかかります。節が黒くなっている3~4年生の竹に狙いをつけて切り出します。一般的にはお盆過ぎくらいから切り始め、11月くらいまでは切り倒し作業だけを行います。切り倒した竹を3等分して3ヶ月以上葉をつけたまま自然乾燥させます。葉をつけたままの方が速く乾燥するからです。胴、間、先と太さを揃えて乾燥させておくとその後の作業が楽になります。【工程2】乾燥させた竹を短冊に割り、節を取り除きます。このときの形は自由なので商品用途に合わせて加工します。今回は本材として、長さ40cm~43cm、幅2.5~3cm、ダミー材の長さは20~10cmをそれぞれ準備します。このときに角缶に松毬などを入れると風変わりな炭ができます。子どもたちにこういう自分だけの炭を作らせることで竹炭作りをより楽しんでもらえると思います。 ●二日目●
【工程3】次に詰め込み作業です。
長さを揃え、竹冊を麻紐で縛り、麻紐との隙間に数本ねじ込みの隙間を埋めます。そうして出来た竹束を窯に入れ、さらに竹冊を窯と竹束の隙間に入れ、空間を極力減らせるように詰め込みます。ここでの隙間が少なければ少ないほど良い炭が出来る環境に近づきます。竹炭窯内部の隙間が埋まったら、その上にダミー材と呼ばれる隙間を埋めるための短めの竹を敷き詰めます。
このときの注意点は隙間を作らないように積み入れつつ、内窯付近は放射状に積むということです。このときに短い竹を使うと上手に積めます。前日の雨や湿気などで、竹や地面が湿っているときは20分程仮焚きをして乾燥させます。その後本焚きに入り、熾き(おき)が溜まってきたらかき出すことを繰り返し、焚き口から少し炎が返ってくるくらいの勢いで焚くこと2.5時間、焚き口を握りこぶし一つ分の隙間を残し塞いでしまいます。窯内の酸素を使いきり、窯の中だけで燃焼させ、本格的に炭化させていくのです。少し黄色がかった煙が白くなり、透明になるまでそのまま約4時間養生させます。この本焚きの間は火元から離れず竹酢液を取りながら、次回の竹束の準備などをし、火事や第三者の火傷など、事故を起こさないように火の番をします。4時間経つと、焚き口を完全に土で塞ぎ、上蓋にも土をかけて隙間を埋め、約24時間冷却します。 【工程4】24時間経過し、十分冷却されたら窯開し、いよいよ炭を取出します。上に積んだダミー剤の炭は窯の中でも一番高温になる部分の炭なので、形こそ悪くはなりますが、窯のなかで一番良い炭に仕上がります。一桁台のオームで密度が高く、甲高い金属音がします。その後、長く形が良い製品用の炭を取り出します。このとき、手は殆ど汚れません。消し炭のようなススは見られず、2桁オームの上質な炭が姿を現すのです(一般に出回っている炭の殆どは3桁オームの炭なのです)。 最後に、段ボール箱に選別し、窯の清掃をします。基本的には炭窯に溜まった灰をかき出す作業です。この作業で竹炭作りは完了となります。みなさん、やってみたくなりませんか? |
| ■おもしろ自然塾で楽しく学ぼう! |
おもしろ自然塾では、森で楽しめるイベントを企画したり、森に関する講習会を行うことで、人々が森に親しみ、森に関してあらゆることを学べる機会を提供していきます。現在、人と森林とのつながりが薄れ、荒廃する森林が増加しています。この自然塾を通じて、多くの人が森に入ることで、森が整備され、もとの生態系の豊かな美しい森が蘇ってほしいです。また、人々も森に入ることで、リフレッシュしたり様々なことを学んだりと、良い効果があると思います。
自然塾を開催する場所は、21世紀の森など山口県内の山林です。ここは、竹林やヒノキ林、雑木林など様々な種類の森が広がっています。しかし、管理する人がいない森は荒れています。自然塾の活動を行うことで、この森林の整備もしていきたいです。現在、森の中での活動は行っていないのですが、森のマニュアル作りというものを進めています。これは森の整備や管理方法、道具などの紹介し、森の整備について分かるような内容になっています。また、今まで21世紀の森で行われたイベントについても紹介し、そのイベントで行ったことも実践できます。 私はこのマニュアルを、どこにでもあるような普通のマニュアルにしたくなかったので、絵も自分で描き、写真も近くの森に出かけて行って撮りました。絵を描くのは楽しかったです。画力がメキメキ上がっていき、(思い込んでいるだけかもしれませんが)特に木を描くのが上手くなりました。 森の写真を実際に撮りに行ったときには、森の荒廃ぶりにびっくりしました。山大の近くのヒノキ林を見に行ったのですが、中は真っ暗で下草もほとんど生えておらず、ヒノキも細くてひょろひょろでした。この状態では災害が起こりやすく、生態系も単純です。この森を見に行くことで、森の荒廃はすぐ近くの森で起こっていて、とても身近な問題だと実感することができました。この場所を撮影した写真を見て、身近な森の荒廃ぶりを感じてほしいと思います。他にも、自分が森の中で作業して学んだことなども紹介し、自分らしいものができたのではないかと思います。作ったマニュアルは、自然塾で活用したり、他のイベントで配布するなどして、多くの人々に見てもらいたいです。 自然塾では、これから森の手入れ・管理方法についての講習会、イベントなどを行っていく予定です。そして、地域の方々を講師としてお招きし、地域交流や技術継承の場となっていけたらいいです。他にも、木材や竹を切り出して加工したり、ビオトープ作り、動植物の観察会なども行っていきたいです。この自然塾を通じて、多くの人が森に親しみ、森も整備され、問題解決につながる流れの一つになっていけばいいと思います。私も、自分のできることから少しずつ取り組んでいき、様々なことを学んでいきたいです。 マニュアルのダウンロード |
| ■古民家研究会発足! |
10月13日(土)~28日(日)の期間、21世紀の森管理センター内の研修室にて古民家研究会による展示会が、最終日の28日には同研究会の発足式が行われました。展示会に作品を展示されたのは、古民家をテーマにした写真、デッサン、俳句などを行われている方々で、研修室の一角には普段とは一味違った伝統的な趣のある空間が展開されていました。また、茅葺屋根の葺き替え職人の方が、ご自身が手がけた古民家の姿を見にこられたり、「自分の作品も展示してほしい」という連絡があったりと、反響をいただきました。 28日の発足式では、20名以上の方々にご参加いただき、展示された方々にも古民家に対する熱い思いを語っていただきました。古民家の写真を撮影されている山本さんは、パーキンソン病を患いながらも、奥さんの助けを借りて山口県各地の古民家の写真を撮影され続けています。その活動は過去に新聞でも紹介されたことがあるほどで、発足式当日でも、古民家保護の重要性を熱心に話されていました。展示会でも古民家のデッサンを展示された岡本さんは、中学校の美術の教員をされつつ、休日等を利用して各地の古民家や田舎の風景のデッサンをされています。中には何年もかけて完成させる作品もあるそうで、古民家に対する思いや、制作上の苦労話を話していただきました。また、岡本さんからはご自身のスケッチノートを展示館内に常設展示させていただけることになりました。 「名の無き、小さな自然こそ、日本の原風景です。その代表的なものが、里山であり、棚田であり、茅葺です。しかし、その風景は荒廃し、失われようとしています。いまこそ、手を打たないと・・・ 私たちは今こそ、ふるさとの風景を守り、後世に残していく義務があります」というお手紙をいただきました。残したいふるさと、里山をこれからも伝えていけるよう、この展示会をスタートに古民家研究会を発足していきたいと思います。 この他にも、21世紀の森の研修室は様々なイベントや展示などに利用されています。自然を生かしたイベントや、豊かな自然を体験するイベントをご計画の際は、ここ21世紀の森管理センターの研修室をぜひご利用ください! |
| ■山は遊びの宝庫!①きのこ栽培 |
今、21世紀の森ではしいたけを始めとしたきのこ栽培への取り組みがスタートしています。 これは、21世紀の森内の生産の森に置いてあった木や間伐材を使っての取り組みで、現在はNPO法人やまぐち里山人ネットワーク副理事長の山根博明さんにアドバイスをいただきながら、原木をキャンプ場ロッジ近くの森に移して栽培をしています。今取り組んでいるのはシイタケのみですが、今後はシイタケだけでなくハタケシメジやキクラゲといったほかのきのこの栽培にも取り組んでいきたいとも考えています。
このきのこ栽培とその活用には、様々な可能性が秘められています。まず、きのこを生やすのに使う原木は森で採れた間伐材などを活用することができます。また、しいたけの原木は2~3年でしいたけを生やしますが、あまり大きいしいたけを生やすと傷みが早くなり、3~4年で朽ちて使えなくなってしまいます。しかし、その後も朽ちた原木は肥料として畑に撒いたり、チップにして燃料にすることもできるので、最後まで無駄なく使うことができます。また、できたきのこはより多くの人達に森からの恵みをお裾分けしていきたいと考えています。 さらに、きのこの活用法として新しく考えているのが、きのこの生育状況などをインターネットで発信していけば、より多くの人びとにきのこに親しんでもらえるだけでなく、子どもの頃の観察日記のように森林学習の一つとして活用することもできるでしょう。このようによりリアルな形で森の恵みを発信し、多くの人びとに親しみ、堪能してもらうことも、私たちのような森林に関わる者の使命の一つなのではないでしょうか。 |
| ■里山人養成講座・きこり養成講座開催! |
21世紀の森では、里山に親しみ、里山に関する知識や、森林整備の技術の普及、啓発のためのイベントや研修を定期的に行っており、2007年4月からは、衣・食・住をテーマに里山資源に親しむ「里山人養成講座」、実際に21世紀の森周辺の山に入って作業を行い、参加者の方々に森林整備作業を体験してもらうことで技術の継承と普及を目指す「きこり養成講座」の2つの研修が行われました。
里山人養成講座は今までに2回開催されており、どちらの講座も、里山資源へ多様なアプローチで親しんでもらいました。第1回講座は、「食」をテーマに桜餅と野草茶を作り、その場で試食しました。若者から高齢者の方まで様々な方にご参加いただき、参加者の方々は、大きな桜餅をほおばったり、様々な野草茶を飲み比べたりしていました。第2回講座は「住」をテーマに竹で組んだテントに竹炭のカーテンをつけた秘密基地を作ったり、漆喰と泥を混ぜた粘土で椅子を作ったり、竹炭に漆喰で色や飾りを付けたりしました。夏休み中と言うこともあって親子連れの方々にもご参加いただき、泥や漆喰で汚れながらも様々な作品が出来上がりました。このときに作られたテントと椅子は、今も21世紀の森のトリムコース入り口近くに置かれています。
きこり養成講座は一ヶ月間の間に5回開催されました。この講座では、NPO法人やまぐち里山人ネットワーク理事長で、「森のカリスマ」の異名を持つ園田秀則さんを講師に招き、理論や考え方などの座学だけでなく実際に森の中に入り、トリムコース内の除伐作業や、木の選定マーカーの認定試験などを5回の講座を通して行いました。最初は園田さんに教えてもらいながら、おっかなびっくりで作業をしていた受講生たちも、木の選定マーカー認定試験では積極的に議論をしながら、除伐作業を進めていました。それらの過程で森林の整備が進んで森の中に光が差し込むようになり、除伐した木を生かしてツリーハウスも作り、さらに、その後のイベントで完成させて21世紀の森の新名物となりました。最終の第5回講座では里山のエネルギー資源の利用の講義などもあり、非常に内容の充実した、密度の高い講座となりました。 里山人養成講座、きこり養成講座で取り上げた里山資源や伝統は後世にも伝えるべきもので、私たちはこれをいかに楽しく進めるかをミッションにしています。21世紀の森では、今後もこれら里山資源や日本の伝統的な文化を体験、学習できるこのような講座やイベントを企画し、開催していく予定です。また、そのことに関する情報もHPなどで発信していきます。今後の講座やイベントの中で興味を持たれたものや、「参加してみたい!」というイベントがございましたら、21世紀の森管理センターまでどしどしご連絡ください! |
| ■夏木原キャンプ場で氷室が復活! |
山口県21世紀の森夏木原キャンプ場には立派な氷室があり、現在、長い間使われていなかったこの氷室を再生させるべく氷室再生プロジェクトが進行しています。森便り12月号ではこのことに加え、氷室の外枠改修の様子や、今後の作業やイベントの予定を掲載いたしました。 そして、去る1月25日、遂にこの氷室に雪を入れる作業が行われました!当日の21世紀の森周辺は大雪で、一部の道路が凍結するほどでしたが、多くの方々に立ち会っていただき、たいへんな賑わいを見せました。
当日の1月25日は、朝から21世紀の森付近は雪が舞う大荒れの天気で、途中の道も積雪や凍結で車が思うように進めないほどでした。しかし、雪はどんどんと降り、約15センチの積雪になるのを見て、この機会を逃す手は無い!と、氷室の雪入れを決行しました。実は、当初の予定では雪入れはこれより少し前の日に企画されていたのですが、肝心の雪が降らず、延期になっていたのです。なので、このときの雪はまさに待ち望んだ雪だったのです。
しんしんと降り積もる雪の中、キャンプ場ではまず氷室に入れる雪集めが行われました。しばらくすると応援のメンバーや取材陣が次々と到着し、いよいよ氷室のふたを開けることになりました。
ふたを開けると中には予め入れておいた氷がほとんどそのまま残っており、これに発泡スチロールのふたをし、雪を箱に入れる役、箱の中で雪を均す役の二手に分かれて雪入れを行いました。
雪が舞い散る寒さの中、氷に突っ込んだ足元が冷たくなる作業でしたが、メンバーの額には汗がにじみ、予想以上の重労働でした。しかし、雪を次から次へと入れていく内に段々と雪の層が厚くなり、30分足らずで雪は箱いっぱいにまでなり、ふたを閉める際には箱いっぱいにまで雪と氷が詰められていました。そして、さらにビニールシートや籾殻で覆い、夏まで氷を保存するために熱が外から入らないようにしました。この雪や氷は夏まで保存され、夏の氷室開きの際には氷をカキ氷にして来場者の方々に振舞う予定です。雪入れ作業が終わった今、氷室にはふたがされて夏の氷室開きの日をじっと待っています。夏の氷室開きが今から待ち遠しくてなりません。冬から保存された氷を取り出し、大勢で楽しみながら食べる。きっと夏の暑さも吹き飛ばすような良い思い出になるのではないでしょうか。氷室の見学、閲覧は随時ご自由にできますので復活された伝統の冷蔵庫、氷室をぜひ一度ご覧下さい! |
| ■先人の遺産「氷室」の復元 |
21世紀の森・管理センターで管理している夏木原のキャンプ場内には、先人の遺産と言える「氷室」という施設があります。「氷室」という施設の内容をご存知の方は少ないと思いますが、内容を知っておられても実際にご覧になった人、又夏場にその「氷室」から氷の取り出す作業をご覧になった人は、限られた方ではないかと推察します。私はこの「氷室」を媒体とした氷詰め・「氷室」開きの行事により、多くの方との交流会を望んでいる一人であります。 今回はこの「氷室」についてお話したいと思います。「氷室」とは...冬に自然にできた氷を、地面に穴を掘って埋めておけば、夏に利用できるじゃないか...ということで考え出されたのが「氷室」というもので、まさに生活の知恵から生まれた自然の冷凍庫です。「氷室」は奈良時代に考案され、徳川時代の参勤交代時などに、殿様方をはじめ多くの人々に喜ばれたようです。今では当たり前の事ですが、製氷機や冷凍庫がない頃、"夏に氷"があるということはとても貴重なことでした。 厳しく冷え込む旧旭村の佐々並地区では、標高500メートルという自然環境を利用して、冬の一番寒い時、水を木桶やブリキ缶で自然に凍らせたものを「氷室」に入れて夏まで保存し、山口の祇園祭などに馬に積んで売りに出かけており、「氷室」は佐々並地区では明治の中ごろまで山里の生活と大きく関わっていました。 時は流れ、夏でも氷が簡単に作れるようになると、「氷室」はだんだんと姿を消していき、明治の中ごろより人々の記憶からも薄れていきました。 そして、今から十数年前に「氷室を復活させよう!」という旭村民の声で、昔の場所に再び息を吹き返しました。私は佐々並に定住後一三年目を迎えておりますが、この「氷室」開きの行事は平成8年の夏と、平成13年きらら博の夏の二回行われただけで、予算的事情によるものらしく、又また眠ってしまいました。 (平成8年までは毎年行われていました。) 「氷室」という自然の冷凍庫を山口県内の多くの人に見て貰い、昔の人の偉大な遺産を、将来につなげていきたいと熱望しておりましたところ、過去に「氷室」への氷詰め作業・「氷室」開きを経験された人より、氷詰め作業に関する資料を入手し、その資料を21世紀の森・管理事務局に提出し、検討要請をした次第です。 21世紀の森・管理事務局は、将来の多くの夢を持った若者の集合体です。彼らは「氷室」開きの実施に向けコツコツと計画を立案し、実行に向けて進んできました。設備の修復を終え、1月24日より25日早朝までの積雪を見逃すことなく、若者数人で雪集めをし、1月25日午後3時30分より、 テレビ局・新聞社の報道機関を招いての「氷室」への雪入れ作業を短時間に、そして正確に実施しました。このとき私は、若い人の計画性と行動力を改めて認識し、夏場の「氷室」開きの交流会が多くの人々に、楽しさと感動を与えるものであろうと確信しました。 夏場の「氷室」開きの交流会の日時は、これから検討していただくことになりますが、可能な限り小学生・中学生・高校生・大学生をはじめ多くの社会人のご参集を得、昔の人々の生活の知恵から生まれた自然の冷凍庫をよく見て頂きたいと思います。そして、眠りから覚めた「氷室」からの氷を、かき氷等にして提供しますので試食され、ご意向をお聞かせ頂ければ幸いに存じます。 |
「下草刈りした後管理してると、それ(カンアオイというギフチョウの食草)を食べてるギフチョウが継続的に住んでいけるんですよ。里山の象徴なんですよ。日本にしかいないちょうちょなんですけど。ここが、この山系が日本にしかいない最西端、分布の限界地点なんですよ。それがなんと1970年代と80年代を最後に、確認、記録されていません。それを探し出したら、とてつもない大記録とこの森を保存する価値が、最大限の価値があるのかなと。環境省からもこれは絶滅危惧種、もしくは絶滅種として指定されています。ちょうちょ自身も春、4月に一度しかちょうちょにならない種類で、春の女神と言われているんですよ。そういった意味合いでね、テレビとか新聞でね何百回も毎年出ます。一般の人も含めて、愛好家も含めて憧れの種ですね。ところで、なぜいなくなったのかと言うと、原因は定かじゃないんですけど、里山の崩壊と言う問題じゃなくて、広島だけ今わずかに残ってますね。岡山はいなくなってるんですよ。今は山口では柳井市の一角だけが可能性としてあるだけ。僕らみたいな虫バカが来ることすらしたがらない。何度か行った人も2、3泊して採れない、確認できないと言うことがずーっと続きすぎるとね、あきらめモードになるんですよ。
それでこの度それがどの程度あるのか。食草があれば、これが増えれば、昆虫の場合、100くらい卵産んで環境を整えれば、これは自ずと増えてきますよ。それは全然問題なく。採集したからって減る問題じゃなくてね。例えば、例を挙げたら、100卵産んで、4%親がいるんです。1オス1メスですから、1オス1メスが卵産みます。人間に採られるか、くもの巣に引っかかるかの問題です。後は鳥に食べられるかの問題です。事故死か。実はこれ、5%になったら倍なんです。6%になったらもっと倍です。6%になったら、気持ち悪いくらいいます。2倍か3倍かになってますから。
そうなったら逆に新聞とテレビで、大発生だ!気持ち悪いぞ!って大騒ぎします。ところが、そういった虫たちや鳥たちがいますから、ちゃんと制御します。本当スズメバチもちゃんと制御しますから。」
このツリーハウス、いつ、どうやって作られたのかと言いますと、活動報告でも紹介されている、7月の
そして、ツリーハウスは、10月末のイベントで屋根、手すり等が作られて完成に至りました。前回のイベントに引き続き、多くの方のご参加をいただき、和気あいあいと楽しい雰囲気の中での作業となりました。また、この様子は翌日の読売新聞でも取り上げられ(下の写真です!)、21世紀の森の新名物として華々しいスタートを切りました。そして、現在もトリムコース途中の木の上に置かれ、多くの方々に親しまれています。
【工程1】早速竹やぶに入り竹を切り倒しにかかります。節が黒くなっている3~4年生の竹に狙いをつけて切り出します。一般的にはお盆過ぎくらいから切り始め、11月くらいまでは切り倒し作業だけを行います。切り倒した竹を3等分して3ヶ月以上葉をつけたまま自然乾燥させます。葉をつけたままの方が速く乾燥するからです。胴、間、先と太さを揃えて乾燥させておくとその後の作業が楽になります。
【工程3】次に詰め込み作業です。
長さを揃え、竹冊を麻紐で縛り、麻紐との隙間に数本ねじ込みの隙間を埋めます。そうして出来た竹束を窯に入れ、さらに竹冊を窯と竹束の隙間に入れ、空間を極力減らせるように詰め込みます。ここでの隙間が少なければ少ないほど良い炭が出来る環境に近づきます。竹炭窯内部の隙間が埋まったら、その上にダミー材と呼ばれる隙間を埋めるための短めの竹を敷き詰めます。
このときの注意点は隙間を作らないように積み入れつつ、内窯付近は放射状に積むということです。このときに短い竹を使うと上手に積めます。
自然塾を開催する場所は、21世紀の森など山口県内の山林です。ここは、竹林やヒノキ林、雑木林など様々な種類の森が広がっています。しかし、管理する人がいない森は荒れています。自然塾の活動を行うことで、この森林の整備もしていきたいです。
このきのこ栽培とその活用には、様々な可能性が秘められています。まず、きのこを生やすのに使う原木は森で採れた間伐材などを活用することができます。また、しいたけの原木は2~3年でしいたけを生やしますが、あまり大きいしいたけを生やすと傷みが早くなり、3~4年で朽ちて使えなくなってしまいます。しかし、その後も朽ちた原木は肥料として畑に撒いたり、チップにして燃料にすることもできるので、最後まで無駄なく使うことができます。
里山人養成講座は今までに2回開催されており、どちらの講座も、里山資源へ多様なアプローチで親しんでもらいました。第1回講座は、「食」をテーマに桜餅と野草茶を作り、その場で試食しました。若者から高齢者の方まで様々な方にご参加いただき、参加者の方々は、大きな桜餅をほおばったり、様々な野草茶を飲み比べたりしていました。
きこり養成講座は一ヶ月間の間に5回開催されました。この講座では、NPO法人やまぐち里山人ネットワーク理事長で、「森のカリスマ」の異名を持つ園田秀則さんを講師に招き、理論や考え方などの座学だけでなく実際に森の中に入り、トリムコース内の除伐作業や、木の選定マーカーの認定試験などを5回の講座を通して行いました。最初は園田さんに教えてもらいながら、おっかなびっくりで作業をしていた受講生たちも、木の選定マーカー認定試験では積極的に議論をしながら、除伐作業を進めていました。それらの過程で森林の整備が進んで森の中に光が差し込むようになり、除伐した木を生かしてツリーハウスも作り、さらに、その後のイベントで完成させて21世紀の森の新名物となりました。
当日の1月25日は、朝から21世紀の森付近は雪が舞う大荒れの天気で、途中の道も積雪や凍結で車が思うように進めないほどでした。しかし、雪はどんどんと降り、約15センチの積雪になるのを見て、この機会を逃す手は無い!と、氷室の雪入れを決行しました。実は、当初の予定では雪入れはこれより少し前の日に企画されていたのですが、肝心の雪が降らず、延期になっていたのです。なので、このときの雪はまさに待ち望んだ雪だったのです。
しんしんと降り積もる雪の中、キャンプ場ではまず氷室に入れる雪集めが行われました。しばらくすると応援のメンバーや取材陣が次々と到着し、いよいよ氷室のふたを開けることになりました。
ふたを開けると中には予め入れておいた氷がほとんどそのまま残っており、これに発泡スチロールのふたをし、雪を箱に入れる役、箱の中で雪を均す役の二手に分かれて雪入れを行いました。
雪が舞い散る寒さの中、氷に突っ込んだ足元が冷たくなる作業でしたが、メンバーの額には汗がにじみ、予想以上の重労働でした。しかし、雪を次から次へと入れていく内に段々と雪の層が厚くなり、30分足らずで雪は箱いっぱいにまでなり、ふたを閉める際には箱いっぱいにまで雪と氷が詰められていました。そして、さらにビニールシートや籾殻で覆い、夏まで氷を保存するために熱が外から入らないようにしました。この雪や氷は夏まで保存され、夏の氷室開きの際には氷をカキ氷にして来場者の方々に振舞う予定です。